ある日突然、自死遺族になって。

2016年10月に息子を自死で亡くしました。過労自死でした。

「過労死110番」30周年

ニュース等で

ご存じの方もいると思いますが、



13日に「過労死110番」30周年の

記念シンボジウムが開催されて



私も利用者のひとりで

みなさんにお世話になっているし

案内をいただいたので

参加してきました。



品川のプリンスホテルでの開催でしたが、

いつもながらに



私のような田舎者には

東京は本当に疲れるだけの場所です。




以前なら、東京行きは

息子の顔が見れる楽しみがありましたが



今回も本当にトンボ返りでした。



用の済んだ東京には

できるだけ長居をしたくないので

思い付く限りの最短コースで。



参加者のほとんどが

過労死弁護団の弁護士さんか



過労死を考える遺族の会の方々。



私みたいな、まだ労災申請の

結果も出ていない新参者はいなくて

ちょっと浮いている感じがする。



あとは家族会でも、

解決・・・というか、

一応、決着のついた方たちばかり。



正直言って、なんだか羨ましいし、

楽しそうで、眩しくみえる。



でも、解決するまでに

10年以上闘ってきた方ばかりだ。



今は、皆さん元気そうに見えるけど



胸には、私と同じ悲しみを抱えている。

息子のところに逝くことだけが

楽しみだと

今でも毎日、考えているそうだ。




でも、自分たちと

同じような悲しみを背負う人が

ひとりでも少なくなるようにと



今でも、真剣に

過労死防止運動に係わって

日々、飛び回って活動を続けている。

本当にスゴいバイタリティーだと思う。




それに比べて自分はどうだろう?




労災の決定がいつになるのかも

わからない・・・と、言うだけで

最近は、気分が落ちぎみだな。



気分を上げていかなきゃ・・・と、

考えながら、もう溜め息ついてます。




もうちょっとだ!頑張れ自分 !!

なんで、いないの?

どうして、いないんだろう?



なんで、私の残された人生から



急に消えてしまったんだろう。



お別れさえ、ちゃんとできなかった。



こどものころから


いつも、真面目に

なにをするにも頑張りやさんだった。


途中で投げ出すことなんてなかった。

目標をたてたら、必ずやり遂げた。

でも、ちょっと頑固だった。


シャイで目立つことは嫌いだったけど


困った人を見ると

見ないふりができずに

そっと助けてあげる子だった。


きっと大人になってからも

あまり変わっていなかったみたい。



照れくさそうにいつも控え目に笑う

○ちゃんの笑顔が大好きだったよ。



東京に行ってしまってからは、

時々しか会えずに、寂しかったけど、



どこにいても、

元気に頑張って生きている

○ちゃんのことを考えるだけで

お母さんの癒しだった。



可愛い・・とか言うと

もう子供じゃない!と、怒られたけど



可愛くて、優しくて、真面目で

いつも一生懸命な○ちゃんのことが、



お母さんは



大好きで大好きで、たまらなかった。

本当に可愛い自慢の息子だった。






なのに、突然いなくなった


しかも、2度と会えないところに


お別れも言えないまま


見送ってあげられないまま、


最期を看取ってくれる人もなく


寂しく一人で逝かせてしまった。





ごめんね。本当にごめん。

何も気付いてやれなかった。



お母さん、

肝心なときに、助けてあげられずに

○ちゃんの何を見てたんだろう。



悔やんでも悔やみきれない。



○ちゃんの人生と一緒に

お母さんの人生も終っちゃった。




お母さんは、もう十分生きたからいいよ。



でも、○ちゃん

まだ、お母さんの半分しか

生きてないんだよ。




まだまだ、これから先に

楽しいことも、たくさん待ってたのに。




真面目に一生懸命に生きてたのに

なんで、こんな終わりを迎えたのか?



こんなことに巻き込まれてしまったのか?



早く早く○ちゃんのとこに

行きたいけど

残されてしまう兄ちゃんのことを

考えてしまうと

その勇気もない。




でも、○ちゃんの仇は取りたい。

○ちゃんの心が壊れて死を選ぶほど

追い詰めた人たちが

今も、のうのうと、

何もなかったように

今までどおりの生活を送っていることが

絶対に許せない!



どうしても真実を明らかにしたい。



だから、もうちょっと待っててね。



早く会いたいよ。

いないと寂しいよ。



いつまでも、いつまでも大好きだからね。



本当に本当に大好きだよ。(*^_^*)

死ぬって・・どういうこと?

息子が突然何の前触れもなく

この世から、居なくなってしまった。



本当に、あまりにも唐突に

私の人生から消えてしまった。



大学に進学してから

東京で就職してから



たまに帰省するか

私が東京まで会いに行くか?



どちらにしても

会えるのは年に1~2回くらいだった。



仕事のことや、普段の生活を

根掘り葉掘り訊かれるのは

嫌がる子だったので、

こちらから、あれこれ

質問することは、なかった。



めったに息子からの連絡もないので

まあ、便りのないのは無事の知らせと

とくに気にしたこともなかった。



田舎から、突然の東京暮らしを

心配していたが、

東京での生活は楽しい・・と聞いて

思ったより順応性ばあるんだと

安心していた。




私は、本当に次男を溺愛していた。

責任感や正義感が強くて

思いやりがあって、優しくて

自分の問題を後回しにしてまで、

人のために尽くす働き者だった。

(ちょっと親バカ入ってますが・・・)





突然の自死から1年7ヶ月経った。




今更ながら「死ぬ」って、

なんだろう・・?と、思ってしまう。




大学に進学してから、12年半も

離れて暮らしていたので

毎日、傍にいないことには

あまり違和感は感じない。




ただ、仏壇に遺影があって、

お墓はあるけと、

私が手元から離せないばかりに

納骨される予定もない、遺骨があり、




そして、私が敢えて俗名で作った

位牌があり、毎日、お線香を

あげながら、息子に話しかける。




毎日、ひたすらそれの繰り返し。




息子の死と同時に

私の人生も終わってしまったが




とりあえず、一日一日

なんとか、少しでも

息子のことを思い出しながら

無為に生きている。




同じ家に次男が

いつも一緒にいると思うだけで

「もう、ずっと一緒に住めるよ。

なにも心配しなくていいから

お母さんが、絶対にまもるから!」と、

無意識に、いつも話しかけている自分。




そうだ、息子はまだ生きてるんだ・・と



会うことはできないけど



どこかで、元気に暮らしてるんだと

自分の気持ちを騙し騙し



残りの人生を生きていこうかと

バカみたいなことを考えてます。



ただ、会うことはできないけど・・・

笑顔をみることは、できないけど・・・

おしゃべりは、できないけど・・・

抱き締めることば、できないけど・・・