ある日突然、自死遺族になって。

2016年10月に息子を自死で亡くしました。過労自死でした。

毎日の確認

毎日、息子の遺影と話しかけながら、お線香をあげながら、にらめっこ。


長いときは、何時間でも向かい合っていられる。


これは、もう愛する息子がこの世にいなくなったことを自分に認識させる作業のようなもの。


正直まだまだ辛い。できるだけ「なんで?」「どうして?」と、自分に問い返さないことにしている。

 

息子の肉体が、もうこの世に存在しないことを自分に言い聞かせるしかないから。


でも、決して前向きになったからではない。


まだ、心の三分の一くらいは、息子の死を受け入れられない、何の進歩もしていない、

まだまだ悲しんでる自分がいる。


本当に辛い、悲しい、寂しい・・・


ダメだね?やっぱり「なんで?」「どうして?」って、言っちゃうな‼ (^_^;)


また、明日も「○ちゃん」のいない、虚しい1日をどうやって過ごせばいいのやら?


「○ちゃん、本当に会いたい・・」

過労死110番の日

今日は「過労死110番」で全国一斉で弁護士さんたちが、電話で無料相談を受ける日になっていた。


全国のニュースでも何回も流されていた。


ただ、いくら土曜日とは言え、午後3時まででは、電話したくてもできない人のほうが、多かったのではないかと思う。


今年は電通の件で過労死に注目が集まっていたから、件数は昨年より多かったのだろうか?


親御さんや家族が代わりに電話してこられた方も多かったらしい。


こんな言い方をしては不謹慎なのは承知しているが、まだ今の状況を自分で訴えられる方は羨ましく思えた。


我が家の亡くなった息子などは、もう「死人に口なし」状態だ。家族や周りの人間が状況を推測して動くしかない。しかも、その推測が真実なのかどうかさえ闇の中だ。


もし仕事のことで精神や身体が悲鳴をあげそうな状態の方がいたら、とりあえず仕事から離れてみることをお勧めします。


仕事の代わりは必ずあります。でも、あなたの家族にとって、あなたの代わりは世界中のどこにもいないのですから。


とにかく声をあげて、周りの誰かに体が心が悲鳴をあげていることを訴えてください。

今なら、必ずきっと間に合いますから。

それは、弱いからではありませんから。


私の息子と同じにならないためにも。

真面目って無用なこと?

息子が亡くなってから、同僚の方や、お友達とかからメールやお手紙をいただいた。


本当に嬉しくて、随分心の支えになってくれた。皆さんに本当に感謝している。


どの手紙にも必ずあったのが、「真面目で責任感が強かった。」「優しくて思いやりがあって誰にも対しても誠実だった。」


読んでいてありがたかったし、やはり内心自慢の息子だと嬉しかった。


でも、その真面目さも優しさも誠実さも、会社にとっては、何の役にも立たない代物だったらしい。


息子は自分なりに会社の役にたつ人間になりたい、強いては世の中の役にたつ人間になりたいと頑張っていたはずだ。


しかし、会社からしてみると、単なる部品の1つでしかなかったらしい。


息子は不条理なことや、曲がったことに妥協できないタイプで、人にお世辞なども言える人間ではなかった。要するに上司からすると、融通のきかない可愛いげのない存在だったのだろう。


だからと言って、劣化して壊れる寸前だと気がついている部下に対して、どうして見て見ぬふりなどできるのだろう?


完全に壊れるまで使って、もし壊れても代わりはいくらでもいる、という考えなのだろう。


労務管理能力の全くない上司に当たってしまった息子も不運だと残念でしかたがないが、

この能力ゼロの上司を、社員の上に置いている会社も同じ程度だと思われる。


この会社は十数年前にも、過労死の方を出しているようだが、たぶん泣き寝入りの方も多く、うちの息子も氷山の一角ではないかと思われる。


私も本当に可愛い息子の後を追いたいところだが、息子の命と家族の未来まで奪った会社と上司に対して、何とか無念を晴らしたい一心で毎日をやっとの思いで生きている。


そうは言っても、息子のいなくなった世界で一日一日を生きていくだけで本当につらい。


大きなことは言えないけど、せめて息子のいた会社から、同じような被害者がでないように、それだけを願っている。