ある日突然、自死遺族になって。

2016年10月に息子を自死で亡くしました。過労自死でした。

2.5倍の人生

女優の樹木希林さんが亡くなられた。


TVのニュースで、御自宅から出棺されるところ、火葬から戻られて、本木さんが遺骨を抱いて家に帰られたところが映されていた。




その流れは、どうしても息子のときと重なり、涙があふれてきた。




年齢だけでいくと、息子の2.5倍の人生を生きてこられたのだけれど、いつも飄々とされた雰囲気だけど、私たちからは想像もできないような壮絶な人生であったように思う。





それでも、癌が骨に転移されていたことを考えると、遺骨も僅かだったのではないかと思う。(義母も同じだったので。)




いくら立派な人生でも、遺骨になれば、たったこれだけ?家族にすれば、居たたまれない思いは私たちと同じだろう。




樹木希林さんは、生前から「死ぬことは、怖くない。人間明日はどうなるか、わからないから。今の世の中、畳の上で死ねれば上出来だからね。」と、おっしゃっていた。



私も、次男を亡くした今、同感だ。

死ぬことは、全く恐くなくなった。



ただ、順番だけが・・・間違ってる。



私が先に逝きたかった。

それだけが、心残りで悔やまれる。



樹木さんのご冥福を御祈りいたします。

長いあいだ、お疲れさまでした。



また、映画でお会いしたいと思います。

臨終に立ち会うこと

うちは私が一人娘で、親戚も近くに

少ないため、

これまでに何人も

身内を看取ってきた。



子供のいない叔父、叔母

私の実の両親、

主人の母と、祖母。



私の両親は急逝だったので

入院や介護こそなかったが、



あとは入院中から世話をして

みんなの臨終の瞬間に

立ち会ってきた。



そんな私が

まさか最愛の次男の

臨終にも立ち会えず

最期を看取ってやることもできずに

一人で寂しく逝かせてしまった。



私がずっと仕事をしていたので

育児からほとんど

私の母に任せっきりだった。



その母が急逝したのは

深夜だったので、



大学生で県外にいた次男は

祖母の死に目に立ち会えなかった。



火葬のとき、控え室にいる親戚とは

交わらず、最後まで炉の前にいた。



本当は大泣きしたいだろうに

泣くのを我慢しながら

ひとりで炉の前にしゃがみこんでいた。



息子の深い悲しみが伝わってきた。




最期の言葉を交わせなかったことを

とても悔やんでいたようだった。




それなのに、今度は次男を



看取ってやることもできず、

ひとり寂しく旅立たせてしまった。



順番がおかしいよ。

お母さん、頭がおかしくなるくらい

悔しくて悔しくてたまらない。



できるだけ早く迎えにきてよ。

知人の訃報

昨夜、同じ家族会の方が、亡くなったと連絡があった。


数年前にシステムエンジニアだった次女さんを31歳で過労死で亡くして、裁判には勝っていちおう切りはついていたけど、大学教授をされていて退官して、享年75歳だと聞いていた。



いつも物静かな佇まいで、穏やかな笑顔を絶やさない心優しい知的な紳士だった。



昨年末まで、地元で活動されていたが、体調を崩されて、ひとり暮らしは心配だからと、東京にいる娘さんのところに身を寄せられて、時々メールやLINEでやり取りしていたので、まさか急に亡くなるなんて・・・




あまりのショックに涙が、しばらく止まらなかった。




娘さんを亡くされたときは、まだ九州には過労死の家族会さえなく、労災を引き受けてくれる弁護士さんも九州には、ほとんどいなかったらしい。




娘さんを亡くして半年は、奥様ともども、あまりのショックに、どうやって生きてきたのかさえ記憶にないんですよ。と、おっしゃっていた。




最初は奥様がメインで労災の活動をしていたが、九州にないので、大阪の家族会に所属して頑張っていられたらしい。



結局、労災は認定され、裁判にも勝ち、会社と和解したそうだ。



でも、会社は最後まで謝罪は拒否したらしく、ご両親にすれば、とても満足のいく内容ではなかったらしいが、このままでは決着がつかないからと、和解に応じたそうだ。




でも、会社が謝罪しなかったことで「私は永久に、あの会社を許しません!」と、言われたとき、いつもにこやかな笑顔のお父様が、とても厳しい表情を浮かべたのが、心にのこっています。




それから、家族会を立ち上げることになったそうですが、当時は当県では、たった1

家族だけだったので、大阪で一緒に行動していた、お隣の県と 2県合同でようやく家族会発足までこぎつけました。




けれど発足する2か月前になって、奥様が急逝されてしまいました。



亡くなる直前に、これからの家族会をご主人に託して永眠されたそうです。




そのことを受けて、ご主人が活躍されるようになった矢先に、奥様の後を追われるように急に亡くなるなんて、本当にショックが大きいです。




お隣の県の家族会の方たちは頑張って活動されていますが、メンバーはなかなか増えません。



当県では、私がやっとの二人目で、労災申請する人は氷山の一角と言われることを、本当に実感させられます。



でも、愛する奥さまと娘さんのところに

行かれて一緒に、心安らかに過ごされることを願ってやみません。




本当にお疲れさまでした。



長々と読んでいただき、

ありがとうごさまいました。