ある日突然、自死遺族になって。

2016年10月に息子を自死で亡くしました。過労自死でした。

「レンタネコ」

10月に息子が逝ってしまってから、あれだけ好きだった映画を全く見ていない。


自分だけが楽しいことをしてはいけない・・・と、思っているから。


でも、今日録画したものを整理していて、目についた「レンタネコ」


いつもは洋画派だけど、

これだったら少しは癒してくれるかも?


少しホッコリしたかな?と思っていたら、終盤になって


世の中には「またね・・」と言って別れたのに2度と会えない人がいる。


死んだおばあちゃんとの最後の言葉も「またね・・」だった。


このセリフを聞いた途端に、もう涙が止まらなくなった。


亡き息子の最後の言葉も「またね。お正月には帰ってくるから」だった。


空港に向かうバス乗り場まで送って行った。

「子供じゃないんだから、バスが出るのを見送ったりしなくていいから」と言われ、「じゃあ、お母さんまたね。」で別れた。


でも、こっそり駐車場の車の中から、バスが見えなくなるまで見送った。


バスに乗った息子の横顔が見えた。心なしか少し寂しそうに私の眼には映った。


でも、まさかその横顔が息子のこの世での見納めになるなんて。

今でも、まだ信じられない。


「またね。」って言ってくれたのに・・・


お母さん、いつまでも待ってるからね。

軽井沢の事故から

今日のテレビで、昨年の軽井沢のスキーバスの事故から、ちょうど1年というニュースが何回も流されていた。


ついこの間のことのような気がするけど、もう1年経つんだなぁ、と思った。


亡くなった男子学生さんのお母さんのコメントが読み上げられたけど、思いは私と全く同じだった。


これから、いろんな未来が開けていくはずだった我が子が、なんの前触れもなく突然逝ってしまう。


その無念さは、そういう悲劇に出会ってしまった母親にしか理解しえない思いがあり、母親は同じ思いを共有する特別な立ち位置で生きて行かなければならないんだなぁ・・と、つくづく思った。


息子のいなくなった世界で、自分は人生を全うする覚悟を持つことができるのだろうか?


まだ、息子がいなくなって3ヶ月。


「息子に会いたい。」

「息子のところに行きたい。」


まだまだ、この思いを引きずりながら、なんとか生きている母親です。

3ヶ月経ってしまいました。

昨日は息子が亡くなって3ヶ月めの月命日でした。


本当に、もう3ヶ月、まだ3ヶ月という感じです。あんなに嵐のように突然いろんなことが過ぎて行ったのに。


息子は離れた土地で社宅だったこともあり、一晩で片づけなければならなかったため、処分してしまったものが多かったのですが、今になってあれもこれも持って帰ればよかったと後悔ばかりです。


息子を迎えに行った夜は、社宅の息子の部屋に一晩泊まったのですが、そのときは部屋に嗅ぎ慣れた息子の匂いがして、妙に気持ちが落ち着いたのを覚えています。


でも、一月後の片づけに行ったときには、同じ部屋に泊まったのに、もう息子の匂いは全く消えていて、とても悲しかったです。


なので、最期の瞬間に着ていた部屋着と、脱いだまま置かれていたパジャマだけが、あの子の匂いを残してくれる大切な形見になってしまいました。


もう、あの子の姿も言葉も思い出に追加することはできません。


こんな残酷な未来が来るのなら、もっともっと一緒に過ごして、もっともっと思い出をたくさん作っておきたかった。


もう、子の世の中のどこを探しても・・・ちゃんがいないなんて、たぶん永久に受け入れないお母さんです。


ただただ、早く会いたいです。