ある日突然、自死遺族になって。

2016年10月に息子を自死で亡くしました。過労自死でした。

過労死防止啓発イベントで

過労死についての

啓発イベントの準備会の

立ち上げがあって

一応、遺族として参加した。



あまりにも労災申請している人が

少なすぎるとしか思えない。



よく氷山の一角と言われるけど、

こんなに申請件数が少なくては、

一角さえ成してないと思える。



いまは世間が過労死に

注目するようになってきたが


以前は労災申請しようとすると

労働基準局の窓口で

この程度の証拠で認定される訳がないと

門前払いされて、

そのまま泣き寝入りするケースが

ほとんどだったと聞いた。



家族や親族の反対で諦める人が

ある意味今でもいちばん多いらしい。



自死イコール恥ずかしい行為。

できるだけ人に知られたくない。



周りから、あること無いこと噂され

亡くなった方の人格を更に

貶めるような無責任な発言もあると言う。



自死は全く恥ずべきことではないと思う。




目の前の問題から逃げずに真面目に

向かい合って、なんとか解決しようと

したこと、正面から向かい合ったこと。



だけど、真面目で責任感が強いばかりに

最後に、逃げ出すことを

後回しにしてしまったための

悲しい結果なのだと思う。



話は初めに戻るが

若い弁護士さんたちと

過労死防止啓発イベントについては

話をする機会はあるが



所詮、この方たちは

家族を過労死で亡くしている訳ではない。

大切な家族を自死で

亡くした方はいる様子もない。



ここが、決定的に違っている。



そして、彼らが羨ましいと思う。



生きていれば、

うちの息子だって、

きっと頑張ってたんだよ・・と言いたい。



だから、やっぱり

同じ悲しい体験をした方がいる

この場所は落ち着ける。



だだ毎日ボーッと過ごしている

引きこもりの私も受け入れてもらえる。



なんか支離滅裂になりましたが、

これからも、よろしくお願いいたします。

引きこもりの毎日

最近はほとんど引きこもってる。


そもそも息子の死を

親しい人にも知らせてないし


幸いなことに

近くに往き来をする親族もいない。


訪ねてくれる娘さんもいないし

もちろん遊びにくる孫もいない。


そしてペットもいないし、

今は、私も仕事もしていない。



なので、皆さんのような

日々のニュースも何もない。


最近は曜日もちょっと考えないと???

世間が平日か?休日?かも

ピンとこないことが多くなった。


せっかくの春到来も

今の自分とは関係なく思える。


ただ毎月11日の夜がくると

確実に気分が落ち込んでくる。


もう数えなくなったけど

息子の亡くなったと思われる時刻だ。


いつも、同じ話で恐縮ですが、


どんな気持ちで自ら

命を絶つことを選んでしまったのだろう。


あんなに家族思いで優しい息子が


自分の行動のあとの

家族の気持ちを考えない訳がない。


そんなことすら考えることが

出来ないほど精神的に追い詰められて、


たぶん精神が崩壊していたとしか

考えられない。


翌日、息子の部屋に行き

主人と二人で朝まで起きていたが


(縊死だったので)

ロフトタイプのベッドの上段の柵に

絶対にほどけないように

幾重にも何ヵ所にも

切った後のロープの結び目が残っていた。

(不快な思いをされたらすみません。)




自らの意志が作用したとは思えないのに、

どのような精神状態が

ここまで強く、

死に向かわせてしまったのだろう?



どう考えても

その瞬間を思うと不憫でたまらず

涙がとまらない。



同時に、悔しくて無念でたまらない。



会社のために、精神を病むほど

一生懸命、働いただけなのに

使い捨てにされて、殺されてしまった。




なのに、会社の返答は

全く思いあたる節はないと言うだけ。




息子を死にまで追い詰めた

上司はわかっているので、

絶対に許せない‼



どうして、こんなに

思いやりのかけらも能力もない人間が

人の上に立っているのだろう。




いつも、労災の話になり

同じことばかりで申し訳ありません。

親友の来訪

高校時代から、唯一の親友と呼べる友達が

お線香をあげに、お供えも持って

わざわざ訪ねてくれた。


普段着で大丈夫だから・・・と、

何度も伝えていたのだけれど


頭のてっぺんから、靴の先まで

隙のない出で立ちで

颯爽とやってきてくれた。


亡くなった息子にすれば

いちばん嬉しい来訪者かもしれない。


高校時代から、お互いに

親友はぼくら二人きりだと言っていた。


二人とも外見なんて気にしないから

垢抜けしない、地味な二人だったが、


お互いに、口数も少ないけど

となりにいてくれると


沈黙も気にならないんだ・・・と

息子がよく話していた。


彼も東京に出張のときは

必ず連絡を取り合って

一緒に食事に行っていたらしい。


息子も帰省が決まると

親より先に知らせていたようだった。


スマートにスーツを着こなしている

彼を見て、本当に眩しかった。



もっと正直に言えば、羨ましかった。



息子も生きてさえいれば

もうちょっとは、垢抜けしてたかな?



よく似た性格だと

お互いにいつも話していたのに、



どうして、

こんなに差がついてしまったのか?


どこが、分かれ道になってしまったのか?



なぜ、うちの息子だけが

ひとり寂しく

この世から自ら消えてしまったのか?



息子の死は、受け入れることはないけど



やっぱり、会いたい!



ただ、真面目に働いていただけなのに

どこで道を逸れてしまったのだろう?



悔しい!本当に悔しい!

それしか言葉がないよ。




また、👦ちゃんのいない

一日が始まってしまったよ。