ある日突然、自死遺族になって。

2016年10月に息子を自死で亡くしました。過労自死でした。

過労死防止の啓発授業


亡くなった息子は、大学、大学院と
6年間、真面目に勉強していた。


大学に行かせてもらえるだけで
ありがたいと感謝していてくれた。


そして、研究したことを
実地に活かせる職業を・・・と、



選びに選んで、自分で決めた
東京でシステムエンジニアになった。



東京での新生活に、仕事にと
希望で胸を膨らませていたが・・・



現実はかなり厳しいものだった。



本人の口から
仕事の悩みや愚痴は聞いたことがなかった



だから楽しくやって
くれていると信じていた。




それなのに、
あまりに唐突な息子の自死という連絡!
自分さえ壊れてしまった‼



真面目を絵にかいたような
明るくて、優しい息子だった。



だが、周囲や上司からの嫌がらせや
パワハラ、長時間労働、
過重労働にサービス残業etc.



最後のほうは、鬱も酷くなり
まともな文字も書けなかったらしい。



亡くなった後で
いかに虐げられていたか
同僚の方たちが告発してくれた。



悲しみは深いままで
このまま一生癒えることはなさそうだ。





息子の学部の後輩たちは、
ほとんどがシステムエンジニアに
なるのだと聞いている。




過労死、過労自殺の原因の
とりわけ多くを占める職種だ。



裁量労働制が拡大されると
社会で問題とされていたときに



システムエンジニアも含まれる
可能性が高いと聞いて


息子の後輩たちや
その御家族や親御さんたちに



私たち遺族と同じような
悲しい目に遭ってほしくないと思った。




本当に心から思った!




でも、まだ労災認定も受けてない私には
新参者で、なんの力も知識もない。



でも、家族会の方が
厚労省の主催で、過労死予防のための
啓発授業の出前があると教えてもらった。



「これだ!」と思った。



それから、無謀にも1度だけ面識のある
過労死問題研究の第一人者である
大学の先生に連絡して



息子の出身大学で講演していただく
ことの了解をいただいた。



本来なら、大学とか高校とかから
厚労省などに希望の申し込みがあって
成立するものらしいが、



無知な私が、それを飛び越えて
厚労省から事業を委託されている
業者さんへ先に連絡してしまったが、



平成30年度でよければ、
厚労省と大学のコーディネートを
してくださる了解をとりつけた。



たぶん講義の1コマを
使うと思うので、講義が70分くらい、
僭越ながら、私の体験談が20分くらい。



残念ながら、職場の悩みを
御家族に早い時期に相談される人は
ごくわずかとのこと。



そうなると、仕事から身を守るのは
自分しかいないと思ってください。



これだけブラック企業が溢れるなか、
仕事から生きるために逃げ出すのは
決して恥ずかしいことではありません。



会社の大小なんて関係ありません。




命さえあれば、何とかなります。
1度失った命は
どうやっても、なかったことには
できないのです。
そして家族を悲しみの
どん底に突き落としてしまいます。



企業の採用情報は信用できませんが、
話を聞ける先輩でもいない限り
入社してみないとわかりませんよね?



だからこそ「辞める勇気」が必要です。



入社の契約の際には「就業規則」や
いわゆる「36協定」に必ず目を通して
ください。残業の上限などが書いて
あります。このワークルールを知る
ことが、自分の身を守る方法です。



そして、この会社の働かせ方が少しでも
おかしいと感じたら、家族や公的な
窓口に早めに相談してください。



私の息子は、真面目で責任感が強いのが
仇となり、会社の言いなりに、身体や
精神が崩壊するまで働いてしまいました。



過労死は特別な人だけのものではなく、
会社に指示された仕事をやり遂げようと
頑張る人が、気付かないうちに
巻き込まれてしまう理不尽な死なのです。




長くなってしまいましたが、
自分の息子の命さえ守れなかった



哀れな母親の戯れ言と
聞いていただければさいわいです。














大好きな○ちゃんへ・・・

○ちゃんが亡くなってから
もうすぐ、1年と5ヶ月経ってしまう。



でも、悲しみは変わらない。



確かに、号泣することは
少なくなってきた。



自分が薄情な母親のようで
後ろめたく、自分を責めてしまう・・・



○ちゃん!!
なんで、黙ったまま
お母さんに何も話してくれないで
ひとりで逝ってしまったの?




お母さん、このままじゃ
一生立ち直れないし、



もう、この世に
○ちゃんが居なくなったことを
容け入れられないまま
一生探し続けてしまう気がするよ。





会社での悩みは
お母さんには解決できないけど、


無意識に自ら死を選ぶほど
辛かったんだよね?




お母さんなら、上司に
そんな酷い叱責をされたら、


きっと捨て台詞を吐いて
書類を叩きつけて即退社!


2度と会社には行かなかったと思う。
(ちょっと大人げないけど。)


でも、これが自分の命を守る方法。



○ちゃんは、真面目で優しくて
責任感が人一倍強いから
逆に、それが仇になってしまったね。



小さな会社でも、お給料が安くても
それより大切なのは人間関係が
うまくいく職場・・・


お母さん、いつも言ってたよね?







「兄ちゃんが、パニック障害で
働けなくなって、家に居るから
お母さんが相当それで苦労している。


まさか、自分まで鬱になったかも?
なんて、お母さんに言える訳がない。」と


話していたことを
○ちゃんが亡くなったあと
お参りに来てくれた
大学院のときからの先輩に聞いたよ。



○ちゃんのは、鬱って言っても
行ってた会社が全ての原因だから、



辞めて、しばらく実家で
のんびり休養してれば、すぐに元に
戻れるレベルだったと思ってる。


今さら言っても、後の祭りだけど・・・





そのことは、お母さんが言わなくても
兄ちゃんがいちばん分かってるよ。



自分なんかが、いなければ
○ちゃんは、お母さんに早く相談して


死ななくて済んだのに・・・って。



ダメな自分のほうが、○ちゃんの代わりに
死ねばよかったのに、
なんで、俺が生き残ってるんだろう。って
いつも自分を責めてるみたい。



それも、見てて可哀想だと思う。



きっと死ぬまで、その思いを
抱えたまま、生きていかなければならない
兄ちゃんも不憫でたまらない。



○ちゃんは、子供のころから
全く手のかからない子で


しかも優しくて、本当に可愛いくて
たまらない、お母さんの宝物だった。




まだまだ、○ちゃんが亡くなったこと、
悲しくて、寂しくて
信じられないけど・・・




兄ちゃんのこともあるから、
もう少し、こちらの世界で
行けるところまで、頑張ってみます。



いつになるか、わからないけど
それまで、そちらで待っててください。



本当に会いたいな・・・




○ちゃんへ


          お母さんより

結婚式の出席

話は遡るのですが・・・



息子が亡くなったのは
2016年の10月11日の夜の8時ごろ。



実は12月3日には
友人の結婚式に呼ばれていました。



インターンシップで仲良くなって


彼が東京から奈良に異動になってからも
親しくしていたそうです。


息子の部屋を片付けるときに
机の上に招待状の封筒があったのて
たぶん、出席の返事をだしていたのでしょう。



亡くなる日を含めて3日間、息子を
自死に追い詰めたパワハラ上司に



「12月3日に有休を取りたいので
よろしくお願いいたします。」と、
メールを出していた。




きっと1日しか書かないと
嫌がらせで、気がつかなかった・・とか
言って、わざと休みをとらせないように
される可能性があるので、しつこく
3日間も有休希望と書き続けたのだろう。



最後の日にも、同僚に「12月に東京である友人の結婚式に出席するんですよ。」と、
楽しそうに話していたらしい。



なので、退勤時の上司からの罵倒に近い
叱責、人格の全否定などなければ、
息子はその日に自死することなんて
自分でさえ、考えてもなかったと思う。


どう考えても、悔しくて
怒りが納まらない‼



遺体を実家に連れて帰って、
家族で通夜をしている最中に



息子の携帯のメールが鳴った。



結婚式に招待してくれてた友人からだった。



「結婚式に出席します。の、葉書受け取りました。式の当日久しぶりに会えるのを
たのしみにしています。」という内容。



読んでいて、結局、式に出席できなかった息子が不憫で涙が止まらなかった。




あちらは、お祝い事の準備で忙しい中、
不幸の連絡は心苦しかったが、連絡もせず無断で欠席する訳にもいかないので、
こちらの事情をメールした。



友人の方も絶句されていた、



「だって、出席します。って葉書が
届いたの、たった数日前なんですよ。」


お互いに泣きながら、言葉には
とてもならなかった・・・



後ほどメールが届いた。


「先ほどは、あまりに急な話で
パニックで頭の中が真っ白になって
ちゃんと、御悔やみも言えずに
すみませんでした。ずっと遠くて最近は
会えてなかったけど、僕で役に立てることがあれば、何でも聞いてくださいね。」と
書いてくれていた。



息子が生きてさえいれば、同じように
家庭をもってくれれば、孫を抱いたりできるのかな?なんて、考えたこともあったけと、全て叶わない夢で終わってしまった。



なんで、私の人生も普通に終えることが
できなくなってしまたのだろう。